治療院ストーリー

なぜ仕事として、この道(医療系)を選んだんですか?

長くなりますが・・、聞いていただけますか?(笑)

高校時代

高校時代の道場

私がこの仕事に就くことになったのは学生時代柔道をしていた事に由来します。

そのころはケガが絶えなく地元の鍼灸院や整形外科によく通っていました。

 

ある練習試合の時に足の小指をボッキリ骨折したときなど・・、

 

自分としては「あ~、これでつらい稽古からしばらく開放される」と喜んでいた所、鬼?監督から・・

柔道の試合

「気合でやれ」

私・・・・(一瞬固まり)・・・

「オッス(なんでや~~!←心の叫び)」という風に稽古を休ませてもらえませんでした。

お陰で、今でも足の小指は少し外を向いたままです(泣)

そういうことで少々のケガなら何とか我慢して(気合で)乗り越えることが出来ていましたが、ある大会(個人戦)の準決勝の時、悲劇が襲いました。

人生初のぎっくり腰!

背負い投げ

無理な体勢から背負い投げを掛けた時に、腰に「グキッ」という音と共に激痛が走り、そのまま動けずに押さえ込まれて一本負け・・・。

続く3位決定戦も立つことは出来ても歩くこともままならず、数秒で押さえ込まれて敗退しました。

ぎっくり腰を経験された方なら分かると思いますが、本当につらい、動けない、笑うことも出来ない・・・そんな状態です。

この時ばかりは気合でもどうすることも出来ず、不思議なことに試合で負けたという悔しさも出てきませんでした。
これを機に腰の痛みとの戦いが始まりました。

ぎっくり腰

高校生でぎっくり腰になるなんて笑えないような本当の話ですが、色んな治療を体験してもなかなか良くならず、結局の所、腰椎分離症という診断名をいただきました(笑)。

選手生命を奪われるほどまではなかったものの、常に腰に違和感があり、苦しむ日々を過ごしていました。

(今の私の技術があれば、すぐに治せたのに・・と悔しい思いです)

目標の誕生

その頃から徐々にではありますが、私の心の奥底でフツフツと湧き上がる想いが出てきたことに気付いたのです。

それは・・・

「人の痛み、苦しみを取ってあげたい!救いたい!」

そして・・・

「他人に感謝されるような人間になりたい!」

ということでした。

何人かの友人に打ち明けましたが・・、

「ぬしゃなんば言よっとや? ぬしんでくっわけなかたい!」

(↑熊本弁)

(訳:お前は何を言ってるんだ?お前にできるわけないだろう)

という返事・・しかも即答・・・(笑)。

実は今だから言いますが、その当時(学生時代)あまり良い子ではなかったのです。

授業中は朝練で疲れて寝てるし、稽古が終わって帰ってからも(体育寮)1分たりとも教科書を開いたこともありませんでした(笑)。

毎日の柔道の稽古がほとんどケンカなので、普段の生活では、こちらから仕掛けるようなことはありませんでしたが、売られたケンカは、喜んで買っていました。(反省)

そんな「やんちゃな学生」だったので、友人が言った「お前に出来るわけがない」というセリフに反論も出来なかったことを覚えています。

もちろん医者(ドクター)になろうなどと大それたことは露ほども思いませんでしたが・・、

「人を治したい!救いたい!感謝されたい!」という想いは、日に日に強くなってきたのです。

無い頭で、色々考えた末に導き出された答えが「鍼灸師」そして「柔道整復師」になる!でした。

どちらも国家資格で、さらに独立開業が出来るというのが決断に至ったきっかけです。

自分の性格上、人に使われる(雇われる)のは嫌(というより無理)だったからです(汗)。

とにかく「一国一城の主になる!」と心に決めたのでした。

この強い想いは友人にも両親にも止めることは出来ませんでした。

生まれ変わる

高校を卒業後、すぐに鍼灸の専門学校、それを卒業してから柔道整復の専門学校に親のすねをかじりまくりながら通いました。(本当に両親には感謝しています)
そこで不思議なことが起こったのです。
それまで(高校まで)勉強なんて1分もしなかった私が、取り付かれたように医学を勉強していたのです。

周りの同世代が遊びに夢中になっている頃に、徹夜で本をむさぼり読んでいました。(今でもそうですが)

そのお陰で、2つの学校共に首席で卒業することが出来、国家試験も一発合格して「鍼灸師」「柔道整復師」になりました。

独立されたのはいつですか?

何はともあれ無事に資格をゲットした私は、専門学生時代も含めて10年にわたる丁稚奉公(研修)の後、平成4年に熊本市月出にて「すがはら整骨院」を独立開院、地域一番を志しました。

 

日々の臨床の傍ら、カイロプラクティックや各種整体法、気功、テーピングなど数え上げたらきりが無いほど色んな治療技術を研究、修得してきました。
その技術習得に今までに費やしたお金は、何と2,000万円を超えてしまうほどです。

 

その中には、今思えば無駄な技術もあったのですが、やはりこの道に入るときの熱い想い、「人を治したい!救いたい!感謝されたい!」を今も持ち続けていますので、微塵にも惜しいとは思っていません。

そして、今までに出会った患者さんたちに私は育ててもらっています。(感謝)

 

今の治療所は、広域の患者さんの利便性を考慮し、平成15年に熊本市のど真ん中、水道町に移転し運営しています。

名称も「すがはら筋整骨院」と改め現在に至っています。

 

どんな想いで治療にあたっていますか?

かっこよく言えば・・

「患者さんの人生を変える治療をする!」です。

 

患者さんの姿勢を変え、カラダを変え、根本を治すことを第一に治療を組み立てています。

ポリシーはありますか?

「明るく!元気に!礼儀正しく!」をモットーに日々進化中です。

 

スタッフにも常々言い聞かせている内容なので、もし・・

「明るく!元気に!礼儀正しく!」なかったら・・ぜひ突っ込んでください(笑)

 

どんな患者さんに来て欲しいですか?

この苦しみを何とか克服したい

やはり・・、

  • 痛みや痺れのせいでやりたいことができなくて辛い思いをしている方
  • 体型や容姿にコンプレックスを抱えている方
  • なおかつ、それを本気で改善したいと思っている方

 

ですね。

 

このホームページを見て、「自分も治ることができる!」と共感してくださった方が来てくださればいいですね。

 

プライベートなことを聞きますが、家族はいますか?

平成4年に独立したのですが・・、

翌年には、研修先だった牧整骨院(菊池)で患者さんとして来ていた「裕子」と結婚。(この業界ではタブーなんですが、仕方ありません。引っかかってしまいました(笑))
平成9年3月3日(おひなさま)には、長女「彩花」誕生。
平成11年4月30日(あと少し我慢してればこどもの日、惜しかった・・・)には、長男「巨登」誕生。

 

愛する家族のために男は頑張れるのです。

  • 昔の写真
  • 愛する子供たち

すいません・・なぜスキンヘッドなんですか(笑)?

スキンヘッドの院長

やはりその質問が来ましたか~(笑)

 

水道町に移転した翌年・・

平成16年3月13日、初心に帰るため、

そして今一度、自分の人生を「患者さんを苦しみから解放する」という

偉大な仕事に集中するべく、気合を入れて[丸刈り(スキンヘッド)]にしました!

 

と・・偉そうなこと言ってますが・・やはり本音はハゲ隠しです(笑)

 

決して病気とか、何か悪いことをした(浮気など・・)とか、

変な宗教に入ったなどではありませんので、気分を害さないようにお願いします。(笑)

 

最後に、すがはら筋整骨院にこれから行ってみようかな?と考えている方に向けて一言お願いします

現在は皆様のお陰様で「すがはら筋整骨院」も地域ダントツ一番の治療院という自負と過信のもと、たくさんの方に支えられ成り立っています。

姿勢を変え、カラダを変え、根本を治す!

患者さんの人生を変える!

という熱い想いでお迎えいたします。

 

また、

当院では「痛くない」「怖くない」治療を心がけています。

診察する院長

このホームページに共感いただけたら、ぜひ安心して、

一度ご来院ください。

「すがはら筋整骨院」はこれからもあなたの「すがはら筋整骨院」であります。

来て頂いている皆様への責任として、これからも「すがはら筋整骨院」は発展拡大、質の向上と共に、気楽に来院できるフレンドリーな治療院を目指します。

どうぞ末永くご愛顧よろしくお願いします。

すがはら筋整骨院

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096-311-7735

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